私たちの自閉さん白書のコンテンツ(自分の仕事=ウリになるのこと)。

我が家のコンテンツ(主に私の仕事カテゴリーになる)はというと、

 

・我が家は我が家流でいこう。

・自閉さんの特性を生かした暮らし。

・暮らし方のコツ。ただし、ささきさん家流で。

・二次障害&三次障害予防(カサンドラ予防も入る)。特にダンナ氏の体調を崩さないことに気をつける。

・不通を普通にしていく。最初は不通(通じない)から始まる。

・モノとのつきあい方。ヒトというモノ、自分というモノとのつきあい方も入る。

 

以上です。

 

最近追加となったのは、加齢とのつきあい。加齢パニック対処法かな(?)ですね。

 

最近、自分たちの暮らしのことを書くことが中心となっています。今日のささきさん家シリーズとか。

 

元をたどっていけば、自分とのかかわり、自分で決めて暮らすなど、『生活』にたどり着くんですよね。

 

『生活』って自分を生かす活動。自分を生かす活動をするとなると、家のこと(家事)が自分なりにできているかで違ってくるんだなぁと思うことがありまして。

 

自分の身辺自立ってホンマに大事になんだとつくづく思う場面だらけです。

 

私自身、モノ(商品)として生きた時代、ゴミ処理場としていないと自分のごはんが確保されなかった時代が長かったので、ヒトとして生きたという実感はありませんでした。

 

どんな人生のくじを引いてしまってもその場所で自分を生かす活動(生活)って大切だとヒトとして扱われなかった&生きてこなかった人間としては実感しています。

 

人 間って、人生の中で無茶ふりされてもヒトとして扱われてきたら、無茶ふり経験はフラッシュバックなど後々お高くつかず、あのとき、オモロイ思い出だった なぁで済んでいます(フラッシュバックなどは出ていないということ)。無茶ふりされてフォロー(埋め合わせも含むね)がなかったとき&ヒトとして扱っても らったというリアル感覚がなかったら、確実に強烈なフラッシュバックが出てしまっていました。※わたくし個人の実体験から感じたこと。

 

加奈さん、鈍感ではなく敏感ですよ。色々見えすぎてしんどくなっていると某支援者に言われたときに、確かに、「見えすぎてしんどい」もあるけど、「見すぎてしんどかった」。

 

私、よく言っているのが

 

「人間の欲望はキリがないし底なし沼。(欲望の)使い方を間違えたら自分も人もメチャクチャになることがある。(欲望の)使い方を考えてつかうように」

「人間、お金の使い方、アルコールの飲み方、遊び方、家の中にあるもん、自分の持ち物で性格も人生もバレてしまうことがある」

「やっちもねぇ(くだらない)可愛いケチはええが、肝心なところでのケチは(どういう状況になろうが)自分なりの出世はしない」

 

あと、私自身、アレコレ制限だらけなので、あるもんを工夫して使い回すというひと手間、ふた手間かかることが多いです。

 

ナントカ代行なんてできませんし(マネー的には難しい)、数少ないもんを人体実験しながら暮らしていっています。

 

ダンナ氏からは、江戸時代の暮らしをしていると皮肉られています(爆笑)。

 

余計なモノを減らして身軽にぃ、身軽にぃしていくことのきっかけが自閉さん度も重たくなったのと線維筋痛症さんの症状が悪化したことです。

 

自分のモノだけは身軽にぃ動けるようにする。ダンナ氏までするとなると、ダンナ氏をヒトとして尊重していないことになりますから。

 

モノなどに関しては『引き算』ですが、工夫すること、ひと手間かけることに関しては『足し算』で行くのがええのかなぁと今人体実験生活をしています。

 

まだまだ、続く。